アサヒグラフ 1961.11.3号「ワシントン・ハイツというところ」


現在の代々木公園は、公園内の記念碑にもあるように、陸軍代々木練兵場→
ワシントンハイツ→東京オリンピック選手村→代々木公園
という歴史をたどっておりますが一般には元々は東京オリンピックの
選手村であったという方が有名かもしれません。

───────────────────────────
新しくランキングバナーを作ってみました
ブログランキング・にほんブログ村へ 
よろしければクリックよろしくお願いします!
───────────────────────────

しかし、終戦後から米軍のDependent housing エリアとして接収、使用されてきた
この場所がワシントンハイツとしての歴史に幕を綴じ、1964年開催の東京オリンピック
選手村として使用されるまでには紆余曲折があったようです。

実はもう一つの選手村候補地として上がったのは現在の朝霞市にあった
米軍基地キャンプドレイク。

地元住民を巻き込んだ政府と米軍とのやり取りの詳細は
書籍「ワシントンハイツ〜GHQが東京に刻んだ戦後〜」に詳しく描かれています。

今回のTop画像のアサヒグラフ 1961.11.3号にはその紆余曲折を経て選手村が
ワシントンハイツに決定した事を受け「ワシントン・ハイツというところ」
と題したハイツの紹介記事が掲載されていました。

当時の日本国民にはなかなか見る事のできないハイツ内の様子が掲載されています。

この雰囲気はやはり日本ではないですね。

ハウスに関する記述も。

記事の内容はようやく選手村に決まったワシントンハイツを
「選手村、道路、施設、ホテル」とに分け、問題点をあぶり出し
本当にオリンピックは大丈夫なのか?と「叱咤」という感じで締めくくられています。

こうして日本の戦後の象徴的な出来事でもある華やかな東京オリンピックの影で終戦から約18年存在した日本のなかの小さなアメリカの一つがなくなったのですね。

この幻のように現れて幻の様に消えていったハイツやハウスが
今なお人を(私を含めて)引きつけている所以かもしれません。

しかし昔の雑誌、特に広告は当時の世相を反映されていて面白いですね。
機会があればまたいろいろ見てみたいです。

こちらの関連記事もどうぞ→
いつもツイート、クリックありがとうございます。
ブログランキング・にほんブログ村へ  このエントリーをはてなブックマークに追加
広告
カテゴリー: 米軍ハウス, タグ: , , , , , , パーマリンク

アサヒグラフ 1961.11.3号「ワシントン・ハイツというところ」 への8件のフィードバック

  1. ピンバック: キャンプ・ドレイク いま、昔 | Thinking for the House

  2. ピンバック: 日本のミッドセンチュリー平屋?「セキスイハウスB型」 | Thinking for the House

  3. ピンバック: 渋谷の歴史を知る!「白根記念渋谷区郷土博物館・文学館」 | Thinking for the House

  4. ピンバック: デペンデントハウスのハウスメイド事情 | Thinking for the House

  5. ピンバック: 「アメリカ式家政法」 | Thinking for the House

  6. ピンバック: 64年前のカミサリー外観カラーパース | Thinking for the House

  7. ピンバック: 「ジョンソン基地とハイドパーク展」 狭山市立博物館内展示 | Thinking for the House

  8. ピンバック: 「ジョンソン基地とハイドパーク」展 狭山博物館内展示 | Thinking for the House

この記事は?よかった・もう一息・イマイチ

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中